Posted in
江戸時代・歴史・政治 on
2010年1月25日 – 12:47 PM
その管理にあたった町人もしくは武士をいう。
初期には武士の蔵元が多かったが、のち町人が主流となった。
初期の町人蔵元は諸藩の年貢米販売委託業者的なもので、自己の責任で年貢米を販売した。大坂の淀屋辰五郎一族などがその例である。
17世紀後半以降、蔵屋敷での米販売は入札制となり、蔵元の役割は、入札仲買の選定、入札時期の決定、蔵物の保管・出納業務が主となった。蔵元たる町人には扶持米のほか、蔵物取扱いの口銭が与えられ、また掛屋(蔵物代銀を収納・保管する者)を兼ねる者も少なくなかった。
Posted in
江戸時代・歴史・政治 on
2009年12月20日 – 2:21 AM
掛屋は幕府の大坂臨時集銀、大名衆の蔵物(くらもの)(おもに蔵米(くらまい))入札販売代銀の出納を引き受け大名貸をする両替商。銀懸屋(ぎんかけや)ともいう。
蔵元を兼ねるものも多い。
17 世紀後半、諸藩の蔵物が大坂に大量に積み登せられると、従来、藩役人や町人の蔵元が行っていた代銀出納業務が分離し、蔵米引当・前銀の大名貸融通・返済のためにも、掛屋が設定された。延宝(えんぽう)~元禄(げんろく)期(1673~1704)には40から50余りの掛屋が大坂に集中し、約30藩が専任の掛屋を置いている。
蔵屋敷・蔵元が保管する蔵米は、指定の掛屋立会いのもとで、米仲買に入札販売される。
掛屋は落札した米仲買から、翌日掛けの敷銀(しきぎん)、3~10日限り掛けの代銀をよく吟味して受け取り、銀切手(請取(うけとり))を交付する。
仲買はこれを蔵屋敷に持参、印鑑を照合して米切手を受け取ると、蔵出しを請求することができる。
鏡 会計事務所 インテリア ミラー